第9章 事件
その日の夜。私は夢を見た。
まだ少女時代、アカデミーに通っていた頃の記憶だ。
「ナズナ」
「何?お父さん」
「明日晴れたら、山登りに行こうか」
家族三人で居間で話をしている。
「いいよ。…でもなぁ。お父さんとだと、山登りって言ったってさ。絶対修行になるし…休憩するって言いながら、頂上まで競争だとか言うじゃない。花を見たり、キノコとか木の実を採ったりとか、全然出来ないしなぁ」
山登りにはよく行くけれど、お父さんと一緒の場合、ほとんどが修行の時間になってしまう。
「ナズナ、そんなこと言うなよ。たまに立ち止まったりするだろう?それに成長期なんだぞ。いくらでも動けるじゃないか」
「もう!そんなにずっと動けるの、お父さんだけだって」
不満げにそう言うと、お父さんが笑う。隣にいるお母さんもクスクスと笑うから、私も思わず口元が緩む。
「晴れたら、だよ」
そんな約束をした日、夜遅く、お父さんは忍び服を着て怖い顔をして駆けていった。
*
その日、里中の人が恐怖に震えた。
九尾の妖狐が、この里を襲った日だ。
お母さんと避難先から遠くを見ると、暗闇に不気味な大きな目が光って、山のような影が遠くで蠢(うごめ)いていた。
「お父さん!」
「ナズナ!行っては駄目!吹き飛ばされる!」
走り出そうとしたら、お母さんがすごい力で引き留めた。しがみつかれたまま、前に目をやると、何本かの動物の尾っぽのようなものが揺れているのが見えた。
「…お父さん!!」
同じ場所で佇み、声の限り叫ぶ。その直後にものすごい風が襲ってきて、お母さんと一緒に後ろに転がった。
影が見えた場所から、こんなにも遠く離れてるのに。
影が動く位置にはお父さんがいる。
突然現れた九尾の妖狐と戦うため、里の多くの大人たちと向かって行ったのだ。
しばらくすると、風は収まった。
私は痛みを我慢して、何とか体を起こした。恐る恐る前を見た瞬間、私は動けなくなってしまった。口をパクパクと開くけど、声が出ないくらい驚いていた。
そこにあった建物も、森も、何もかも消えていて、目の前にあるのは平らな地面だけだったから。
そこで、目が覚めた。