第32章 優しい時間
「ナズナさん、何にします?」
お品書きを手に、テンゾウさんがこちらを見た。彼の手元を覗き込み答える。
「うーん。私は…月見とろろ蕎麦にしようかな」
「じゃあ、僕は山菜蕎麦を」
背後に立つ店員さんに、テンゾウさんが伝えてくれる。
店内は男性客が多い。忍び装束の人から、普段着の人までいて幅広い客層だ。
「昼過ぎなのに、すごい賑わってますね」
店内を見渡しながら私がそう言うと、テンゾウさんも後ろを振り返る。
「いつもこんな感じらしいよ。まあ、僕は、まだ一回しか来てないんだけど」
そう言って、お冷やに手を伸ばした。
蕎麦を待つ間、また話をしていると背後で声がした。
「あれ?」
聞き覚えのある声だなと振り返る。
そこにはカカシさんが立っていた。
「ナズナさん?」
「カカシさん?お久しぶりです」
「……先輩?」
何故かテンゾウさんが強張った声を出す。
「ん?テンゾウ?何だお前もか」
「おまけみたいに言わないでくれます?」
カカシさんは後ろを通り過ぎ、私の右隣のカウンターに手をついた。
「いやあ、仲良くやってんのね。良かった良かった」
片目を細めて笑い、彼は私の隣に腰を下ろした。慣れた様子でざる蕎麦を注文している。
あまりの偶然に驚いた。しばし彼を眺めた後、テンゾウさんに話しかけようとした。すると、彼は意外にも険しい顔をしていた。初めて見る表情だ。
「あの、先輩」
「え、何?」
「席、こっちも空いてますよ…」
「ああ、そうね」
テンゾウさんは、目を細めてカカシさんの顔を凝視している。目つきがかなり怖い。そんな彼の視線をものともせず、カカシさんは店員さんからお冷やを受け取っている。
「お前の横か、ナズナさんかっていったら、ナズナさんでしょーよ。当然」
「随分な言いようですね、長い付き合いなのに」
「長いからこそ、って言ってほしいね」
二人の軽妙なやり取りに、私はくすっと笑った。普段のテンゾウさんて、こんな感じなのかなと想像する。
「ほらほら、テンゾウ。そんな顔しないの。ナズナさんが呆れてるよ」
「……」
可笑しそうに笑うカカシさんと、ムスッと黙り込んでしまったテンゾウさんに挟まれて、私は苦笑いを浮かべる。
そして、お冷やを一口飲んだ。