第30章 大樹の根のように
クナイを手に考え込む内に、酷く頭が痛んだ。クナイをホルスターにしまい込み、座卓の上に置く。手入れは後ですることにして、一度立ち上がった。
僕は台所へと向かい、水を一杯飲んだ。
思い出すと眩暈(めまい)がする。暗殺という任務はいくつも請け負ってきたが、今回はかなり堪えた。
彼のことを覚えていた。
しかし何度考えても、僕は彼の名前を思い出せないのだ。彼は僕のかつてのコードネームを知っていた。
それなのに。
僕は僕の所業が恐ろしい。
今まで何人の知り合いを闇に葬り去ってきたのだろうと考えると、身の毛がよだつ。知らぬまま息の根を止めた者もいるのではないか。
僕は軽く頭を振り、居間に戻った。
机の端に置いてある手紙を手に取る。封筒ごとぐしゃりと握りそうになり、手を止めた。
(こんなことをしたところで……)
ナズナさんからの手紙が、夢の世界の出来事のように思えた。彼女の朗らかな笑顔が目に浮かぶと、今は却って苦しい。
僕は手紙を机の引き出しにしまい込み、居間の電気を消した。そうして、寝室へと向かう。
今日は眠ることなど出来ないだろう。
そう思いもしたが、ベッドに横たわり半ば強引に目を閉じた。