第21章 二つ三つ
何だろうと頭上を仰ぐと、テンゾウさんが素早く立ち上がった。
「ナズナさん、すみません。緊急の呼び出しのようだ」
ピリッと緊張が走る。
お茶のカップをベンチに置いて、テンゾウさんは駆け出した。そのまま跳躍しようと、膝にぐっと力を入れている。
一瞬の出来事で、私は持っていたパンをころりと下に落としてしまった。
行ってしまう、そう思うと同時に、急に鼓動が早まった。私はベンチから立ち上がろうと中腰になり、言葉にならない声を漏らした。
「テン…」
それに気づいたのか、テンゾウさんは一度動作を止めた。
こちらを振り返り一言。
「また、連絡します」
私の目を真っ直ぐに見て、はっきりとそう言った。
そして、あっという間に見えなくなった。
*
ベンチには飲みかけのお茶のカップが残されている。
私は落としたパンをのろのろと拾い、彼のいた場所を見つめた。
明るい陽射しが降り注いでいる。
朝と違い、空は晴れつつあった。
見上げると、青空が広がっており、白い雲がところどころに浮かんでいた。
(晴れたけど…)
今日、彼について知ったのは三つ。
連絡っていってもどうやってと、ふと疑問が残る。
彼の真剣な表情から、嘘ではないと判断したけれど、まるで夢のような時間だったとも思う。
この縁は果たして続いていくんだろうか。
青空の下に広がる里の景色を眺めながら、私は一人佇んでいた。