第1章 我が先達の航海士
「お嬢様。何をなさってるのですか?」
「何って、トレーニングが始まらなさそうでしたので。船長、何か問題ありましたか」
龍水を小脇に抱えて歩くと、ストンと集合場所にチェスの駒をきっちり並べる様に置く女性。
「大問題です、その子は……!」
「船長、この子はトレーニーです。皆等しく船員です、お客様は一人として居ません」
キッパリ言い切って、ほら体育座り!と指示する女性。真っ黒い制服に、袖には金筋が二本。まだ中学生くらいだろうか?黒髪を後ろで結わえ、龍水をその黒き鏡の眼に映して命令する。ぴっちりと制服を着こなす、本物の船乗り。格好良さと美しさを兼ね備えた存在。その眩い姿を、龍水はガン見して——
「貴様が欲しいッ!!」
バッシィィイン!!と指鳴らしする目の前の少年に、フランソワ以外が唖然とした。
「君?なんで欲しいのか分からないけど。取り敢えずトレーニングを終えてからにしようね」
オトナの対応で頭を優しく撫でる制服の女性に、分かったぞ!と龍水は素直に従う。トレーニー達がワッチと呼ばれる数人の班に分けられた。乗船式の中、先程の女性が普通に見送ろうとする。
「おい、貴様!」
龍水が『お嬢様』と呼ばれた女性に声をかけた。
「私か?私はクルーじゃないからここでお別れだ。たまたま休みが出来て、気まぐれで母校に顔出しに」
「貴様が欲しい!」
またバッシィィイン!する龍水。どうしようプログラムが滞る、でも七海財閥の御曹司だしと顔を見合わせる周りの空気を察した女性。仕方なく船に乗船する。
「君、まずは名前を名乗ろうね。挨拶はコミュニケーションの基本だよ。私は、二等航海士。これでも大卒のれっきとした船乗りだ」
「そうだな!貴様の言う通り、無粋な真似をした。俺は七海龍水だ。、貴様は普通の大卒には見えん!」
「その辺の説明は後でするから作業ね」
堂々と歳上を呼び捨てにする態度と、七海の名字から事情を把握した。じゃあセイル、帆を張るぞ、と龍水担当スタッフとして指示通りに彼を動かした。
「これはなかなかに力仕事だな!?」
「そうだね。でもこれを皆で張るのがいいんだよ」
と一緒にロープを引く。展帆が終わり、風を浴びて動く船。ピンと張った帆を龍水が感慨深げに眺めた。