第10章 恋慕3−1 花の赦し ノーマルEND【家康】
手がかりすら見つからないまま、あっという間に日が暮れた。
とにかく隈無く探さなければ。
もし今、彼女が何らかの危機に陥っているなら一刻の猶予も無い。
馬を繋ぎ、月明かりを頼りに徒歩で探す。
「名無し‥‥」
名無しの姿を求めて歩き続ける。
「はぁ…はぁ…」
(俺があんなことしなければ…)
再び頭に浮かぶのは、今考えても全く意味のない後悔。
(名無しも俺を好いてくれてたのだから、あんな気を起こさず待てば良かった…。自然な形で心が近づき、いつか状況が好転する未来があったかもしれないのに…)
こんな雑念より、名無しの捜索に集中しなければ。
わかっているのに振り払えない。
二人きりの薬学指南、それがどんなに大切な時間だったか。
―――――――――
『あ、こないだお薬を貰った女中さん、頭痛や肩こりがすっかり良くなったって喜んでた!すごいね』
目を輝かせながら話す名無しの報告。
家康はさらっと流した。
『それよりさっき出した問題の答えは?』
『えっと…昨日の夜も復習したの。朝まで覚えてんだけど…』
『それじゃ覚えた事にならない』
『ねえ、ヒントください』
『ひんと…?それ何?』
『あ……答えを導く考え方の手がかり、かな』
『駄目、そんなの。目の前に苦しんでる人がいて、一刻も早く適切な処置をしたり薬を与えなきゃならない時、忘れたじゃ通用しない。誰があんたにひんとをくれるの?』
名無しは頷き、眉を寄せ一気に神妙な顔つきになった。
『うん…その通りだね。ごめんなさい。私が甘かった。すごいな。私も家康みたいになりたい。誰かを苦しみから助けたい…。だから頑張らなきゃ』
『そう。じゃ、教えたことは全部必ず覚えてきて』
『はい。医術や薬学のこと、いつか家康と対等に話せるようになりたいな』
『100年かかるね、それ』
―――――――――
次々に脳裏に浮かぶ二人の時間。
それだけで幸せだったのに、今は失われてしまった。
名無しの目標も潰してしまった。
自分の手で壊してしまった…。
「どこにいるんだよ…ねえ…ひんとは…?」