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イケメン戦国 書き散らかした妄想

第36章 白い夢 第一夜 【帰蝶】



帰蝶は商館へと名無しを連れていき、応接間で濡れた着物を着替えさせてくれた。

名無しはお礼を言ってから、姫呼びも敬語もやめてほしいと懇願した。

理由はわからないが彼は安土城を去った身。

もう家臣と姫ではない。

一人の人間として、名無しとして、接してほしかった。

別れ際、海に身を投げるほどに辛いのかと、帰蝶は名無しに聞いた。

「いえ…。何があった訳でもないのですが…気づいたら飛び込んでいました」

「そうか」

彼はそれ以上は何も言わなかった。


――――――――――


1年ぶりに異国商館内に入り、通された帰蝶の部屋は、館長の肩書きにふさわしい豪華なもの。

並んでいる異国の家具や調度品は初めて目にするものばかりだったが、名無しの目には決して奇妙だとは映らなかった。

すべて帰蝶に似合っていて美しく、落ち着く空間だと感じる。

とりわけ、ソファ、という椅子の座り心地は病みつきになりそうだった。

座面も背もたれも広くてやわらかく、体を預けるととても気持ちがいい。

帰蝶は真っ白な陶器でできた急須のようなものを持ち上げると、優雅な所作で琥珀色のお茶を注いでくれた。

それをゆっくりと口にすれば身体が内側から温まる。

「俺はこれから書類の確認をするが、話したくなったら遠慮なく声をかけていい」

「はい…」

気遣いを噛みしめながら、名無しは向かいのソファに座る帰蝶を見つめた。

長い脚を組んで座る佇まいは洗練されていて、何て絵になるのだろう。

窓から差し込んだ夕日が、紫がかった黒髪の輪郭を黄金色に縁取っている。

大好きな萌黄色の瞳は伏せられていて見えないが、その下の隈は以前よりも濃くなっただろうか。

見惚れていると、いつの間にか窓の外は暗くなっていて、名無しは一気に焦りだす。

「あの…」

「聞こう」

帰蝶はすぐに書類を机に置いて、真っ直ぐ名無しに向き直った。

内容が内容なだけに、そんなに居住まいを正されると話しづらいが、そうも言ってられない。

「私…縁談が決まったんです…」

少しだけ時間を置いて、

「……そうか」

帰蝶は表情を崩すことなくサラリと言った。

(たったそれだけ?…)

名無しは寂しさを覚える。

だけど一体、何と言って欲しかったのだろう?

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