第8章 恋慕1 恋の暴走【家康】R18
家康は苛立っていた、薬学指南を受けに来ている名無しに対して。
今夜は5回目の指南。
「よろしくお願いします」
明るい声で挨拶し、無邪気に笑った名無しだが、湯浴み後の肌はほんのり上気して透明感を増している。
(‥‥またいい匂いさせてる‥‥)
細長い机に向かい並んで座った。
家康の右側に名無し。
「これから調合する八味地黄丸の効能は?」
家康の問いに考えこんだ名無しが首を傾げると家康の肩先を後れ毛がくすぐる。
えもいえぬ良い香りが強くなる。
(距離‥‥近いよ‥‥)
家康は思わず少しだけ体を引いた。
「腰痛、冷え、しびれ、足のむくみなど…」
「正解」
家康を見てにっこり微笑んだ名無し。
今までの指南でもそうだったが、名無しは無防備。
湯浴み後に来て『暑い』と髪を上げ、着ている小袖も薄手の生地のもの。
名無しにしてみれば現代の機能的な服とは違う小袖の重ね着が、夏の季節には暑すぎて耐え難かっただけだが、上気した肌や女らしい体の曲線が普段よりも際立ってしまっていた。
それが家康を苛立たせる。
(俺の気も知らず…)
苛立つのは家康が名無しを好きだから。
信長の寵姫である名無しに家康は密かに思いを寄せていた。
彼女を見てるだけでいい、思いはそっと心に秘めておこう、そう自らを律していた。
二人きりの薬学指南は嬉しい反面、苦しかった。
一線を引いて接しようとしてるのに名無しの無防備さに翻弄されてしまう。
「じゃあ8種類の生薬、ぜんぶ言ってみて」
「地黄、山薬、山茱萸、牡丹皮、桂皮…えっと…あと何だっけ」
俯いて考え込む名無し。
髪を無造作に結い上げているので、細いうなじが露になっている。
(きれいな肌‥‥触れてみたい‥‥)
赤い小袖に映える首もとの肌はきめ細かく艶やかで真っ白。
首もとより下、小袖に隠されている肌はもっと白いのだろうか。
どんな触り心地なのだろう…?
考えると止まらなくなりそうで名無しから目をそらし、必死に抑える。
「‥‥附子‥‥沢瀉…あっ茯苓!」
「‥‥…正解」
「やった」
ふにゃりとした笑顔を浮かべる名無し。
(何でこんなに可愛いんだよ‥‥ )
家康は俯いた。