第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編 【蘭丸】
「ごめんね。こんな話をしたら俺の秘密を背負わせてしまうし、優しい名無し様は心を痛めてしまう。わかってるんだ。だけど騙しているのが辛かったし、何よりも感謝してるって伝えたかった。もし言えないまま俺が死んじゃったら、後悔してもしきれないから」
「死んじゃうだなんて…どうしてそんなこと」
「名無し様を何とか信長様に託しにいくよ。三成様には渡せない」
いつもの柔らかい声とはまったく違う、揺るぎない決意に満ちた強い声。
「え…?」
「織田軍のために政略結婚を受け入れた名無し様の強さを、尊敬して見守ってた。本当は三成様を好きなのも、三成様も名無し様が好きなのも、わかってたから気の毒で、結ばれて幸せになって欲しかったけど…。だけど、今の彼は危険だ。名無し様を手に入れるために、策を講じて泰俊様を陥れて命まで奪おうとした」
名無しはきゅっと眉をひそめる。
胸の中の一番痛い部分をズキンと突かれたような気がした。
(そう…私のせいで…)
彼は今回の謀り事を自分のために起こした。
裏で通じていたかやと嶺原のぎらぎらした目、三成に心酔しきって、これは名無しのためだと信じて疑わない様子を思い出す。
大好きな人をそんな風に思いたくなかったけれど、彼が怖い、何をするかわからない。
「俺の予感でしかないけれど、心配なんだ。彼の元に行ったら名無し様はどうなってしまうのか…」
思えば愛を交わした夜にも、どこか不穏はあった。
愛し愛された喜びが太陽の光のように強くて、不穏な陰から目を背けてしまっていたような気がする。
「……」
「それから、彼は十中八九、俺の正体に気づいてる」
名無しははっとした。
今度は蘭丸が糾弾されてしまう。
しかも冤罪の泰俊とは違い、彼は本物の敵。
「私、三成くんの元に行く!そうすれば…」
「ダメだよ!それはダメ!さっきも言ったけど、三成様には絶対渡さない!」
名無しの言葉を遮った蘭丸は、激しく首を振った。