第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編 【蘭丸】
蘭丸が去ってからどれくらい過ぎたのだろう。
時間が経つのが遅く感じる。
相変わらず状況はわからないままで、名無しは祈ることしかできなかった。
やがて部屋の外の物々しい雰囲気は増していく。
怒号が飛び始め、それに混じって聞こえてきたのは動物の咆哮のような女の甲高い声。
悲痛な泣き声のような、断末魔の呻き声のような…
(怖い…何が起きてるの?…どうしたらいいの?)
聞こえる足音はそれほど多くなく、刀を合わせる金属音もしない。
攻められている様子ではないが、ここにいて大丈夫なのだろうか?
部屋を出た方がいいのか?
恐怖に震えながら必死に耳をすませていると、次第に辺りは静まりかえっていった。
逆に不気味な無音の中で息を潜める。
やがて足音が近づいてきた。
(蘭丸くん?それとも敵?)
部屋の襖が勢いよく開けられる。
「名無し様!」
駆け込んできたのは侍女のかや。
名無しは一瞬ホッとしたが、その後ろにいた人物の姿に目を疑った。
(なぜここに…?)
それは泰俊と一緒にいるはずの嶺原。
かやは名無しの手を取り、興奮した様子でまくしたてる。
「三成様が勝利しました!川奈軍を滅して泰俊様の首を取ったのです!!」
「…首を…取った?」
名無しは愕然としてかやを見つめる。
「はい、そうです!これで邪魔者はいなくなりました。名無し様の想いは叶って、とうとう三成様と結ばれるのですよ!」
瞳孔が開きギラギラと光る目をしたかや。
(私が本当は三成くんを好きだって…言っていないのにどうして…?)
「名無し様、不安な思いをさせてしまい申し訳ありません。じきに貴女を迎えに三成様がここへ到着しますので、どうかご安心を。川名の一族は既に全員捕らえました。……これからは私がここの城主……」
同じような目をした嶺原がいつもの慇懃な口調でそう言ってから、堪えきれなくなったように高笑いする。
あまりの衝撃に心臓がドクッと嫌な音を立て、名無しは膝から崩れ落ちた。
信じられないような状況にも関わらず冷静に動いている頭の中で、次第に理解が追いついていく。
(ああ…すべては三成くんの策略…)
かやも嶺原も、実は三成と繋がっていたのだろう。
きっと泰俊は嵌められて謀反の疑いをかけられた…。