第22章 貴女を意のままに1【三成】
「名無し様、入っても宜しいでしょうか」
名無しの部屋の前で三成が襖越しに声をかけると
「どうぞ」
いつものように名無しの声が返ってきたが、それは日に日に弱くなっている。
「失礼します」
布団に横たわる名無しはますます痩せていて、三成の胸がシクシクと痛む。
「今日はいい天気ですよ。日なたで猫さんが気持ち良さそうに昼寝をしてました」
三成が心の動揺をおくびにも出さずに明るく声をかけると名無しは微笑んだ。
その顔は小さくなって以前よりも目の印象が強い。
瞳は湖のように潤んで、その水面は不安げに揺れていた。
城下町での事件後、当初は気丈にふるまい普段通りの生活に戻ろうとした彼女。
しかし、何かのきっかけで事件の記憶が蘇り恐慌状態に陥った。
身体の震えが止まらずボロボロと泣き始め、やがて呼吸苦を訴えて倒れた。
そのまま床に臥してしまい、もう10日経つ。
回復の兆しは無いどころか悪化している。
起き上がろうとすると目眩で倒れ込み、食事は殆ど喉を通らず、夜は眠れない様子。
世話係として毎日、部屋を訪れる三成は、日に日に彼女の生命力が失われていくのを感じ、痛ましい気持ちでいっぱいだった。
「こちらは下げますね」
手のつけられていない膳。
三成は、心の中でため息をつきながらも顔には穏やかな笑みを浮かべる。
「ごめんなさい…三成くんに迷惑をかけて…」
「なぜ謝るのですか。私は迷惑などかけられていませんよ」
「いつもこんなに気遣ってくれているのに…私……」
名無しは寝返りを打ち三成に背を向けた。
声と肩の震えから彼女が泣いている事、泣き顔を見られたくなくて背を向けたのを三成は察した。
「大丈夫です。焦らずゆっくり元気を取り戻しましょう。私の事はどうかお気になさらず。名無し様の世話係として力になりたいのです」
「ありがとう…」
部屋を出ると、三成は眉を寄せ苦渋の表情を浮かべる。
焦らず、と彼女には言ったけれど、三成自身は内心かなり焦っている。
今の名無しは透けるように白く、儚くて消えてしまいそうで、いてもたってもいられない。
何しろ彼女は普通では無い、未来から来たのだから。