第12章 *File.12*(R18)
「今日から降谷雪乃、か」
「改めて言われたら、めっちゃ恥ずかしい」
「それだけか?」
萩、松田、伊達の墓参りを済ませ、景光と分かれてから、婚姻届を提出した帰りに役所内のエレベーターの前で訊ねる。
「でもそれ以上に、凄く…」
俯きかけた視線が、真っ直ぐに俺の目を捉えた。
「凄く?」
「幸せ。在り来りな言葉だけど、ね?」
伸びて来た指先が、ちょんと俺の上着を掴む。
「俺も、雪乃を妻に迎えられて幸せだ」
暫くは、お互いに安室と降谷を使い分けて生きて行かなければならないだろう。
それでも。
この日を迎えるのを、ずっと夢に描いて来た。
「ほら」
「!」
左手を差し出せば、目を見張った次の瞬間には満面の笑顔で、掌を重ねる。
指を絡めた雪乃の笑顔が、今はとても眩しい。
「これからは…二人ずっと一緒よ。何があっても」
「もちろんだ。約束は必ず守るよ」
この生涯を懸けて。
広いとは言えないエレベーターで、今は二人きり。
身長差から少し上半身を屈めると、そっと触れるだけのキスをした。
「ん?」
「いいの?」
さっきから、物言いたげな視線を感じていたが。
「何が?」
「スキンシップが多いって話」
「もう隠す必要がないって言っただろ」
「うん。だから、我慢しないことにした?」
「ああ」
「今までの分も?」
「やめるか?」
「…いいよ」
「やめなくて?」
「…何か、悪いこと考えてない?」
助手席に座る雪乃が、ジトーッとした疑いの視線を寄越す。
「何故そう思う?」
「その顔。超イケメンが台無しですよ?旦那様?」
「くっ、くくく」
横から伸びて来た指先が、俺の頬を軽く引っ張った。
お前には敵わないよ。
「そこは否定して」
「それは出来ないな」
「…困った人ね。何を考えているのか、聞くのが怖いわ」
少し呆れた表情で、ため息を一つ。
「話すか?」
「遠慮します。だって私は、零を愛しているんだから。私の愛は重いわよ?」
俺に何をされたとしても雪乃は怒らない、か。
雪乃にとって、本当にされて嫌なことは絶対にしないと信用しているから。
誰よりも、この俺を。