第1章 *File.1*
「もう閉店してる」
「問題ないよ」
「でも…」
「大丈夫」
近くの駐車場に車を停めて少し歩いた先に見えて来たのは、幼馴染が一年半ほど前からバイトしている評判のいい小さな喫茶店。
日々起こる多種多様な事件の情報収集場所兼居心地がいいのだと、偽名を使ったまま、未だ辞めずに働いている。
カラン♪
躊躇いも無しにドアを開くと、閉店の片付けをしていた一人の店員がこちらを振り返った。
オレとアイツが隠し通してきた、雪乃が知らない、もう一つの彼の顔。
「すみません。今日はもう閉店って、景光っ?!」
「!」
その店員の声に異様な反応を示し、ビクリと小さな身体を揺らした雪乃を逃がさないため、後ろ手に彼女の腕を素早く掴んだ。
「お前がここに来るってことは、何かあったのか?」
アポ無しの突然の訪問に驚いて訊ねながら近寄って来た足が、直ぐにピタリと止まる。一度は鋭くさせたその目を、大きく見開いたまま。
ゼロが見間違えるハズがない。
今オレの背中に隠れている、雪乃の存在を。
「何年経っても素直になれない雪乃に、誕生日プレゼントを渡しに来た。雪乃、お前がずっと欲しくてたまらなかった、この世でたった一つしかないかけがえのない、大切なモノだよ」
「わっ!」
意味は確実に伝わっただろう雪乃の掴んだままの腕を引き寄せて、ゼロの前に差し出した。
「っ?!」
その弾みで顔を上げた時、直ぐ間近で黙ったままのゼロと視線が絡み合ったのか、思わず息を飲んだ雪乃の頬が一瞬にして真っ赤に染まった。
青春か?
掌をポンと柔らかな髪にのせると、物言いたげにこちらを振り返りちらりと上目遣い。
全く、一体何歳だよ。
恋愛に関しては昔と何も変わらない初心な雪乃の言動が、いちいち可愛くて仕方ないんだけど。
なあ、ゼロ?
そう視線で問いかければ、ゼロの眉間のシワが僅かに増えた。
こっちもこっちで、何の変わりもないトコがお前らしいよ。
いい意味でも、悪い意味でもね。
「どうしたい?」
「わ、私に言われても、困る」
そうだな。
雪乃は、待たされている側の人間だ。
お互いを想う気持ちが何一つとして変わってはいないのなら、今動くべきは雪乃ではなくゼロ、お前の方だろ?