第5章 愛の月読【うちはイタチ中編】
(イタチ視点)
自身の幼少時代のことはよく覚えてる。
激しい雨が身体を容赦なく叩きつける。あれは四歳のことだった。
「覚えておけ。これが戦争だ」
父の強い言葉が自身の心を打つ。
屍…屍…屍。見渡す限りの死体の山である。地面を覆う夥しい死体には国境など関係なかった。誰もが苦しみ、悲しみ、もがきながらそれぞれの死に抗いきれなかった。
死にたいと思って死んだ者など一人もいなかった。
それでもみんな死んだ。
なぜ?
戦争のせいだ。
父に見せられた地獄絵図を消して忘れるぬように、己の目に焼き付けた。
サスケが生まれたことは昨日のように覚えている。生まれたての小さな赤ん坊は、まだ見えない眼を虚空に彷徨わせながら、自分の置かれた状況を一生懸命、理解しようとしているようだった。
「サスケよ」
母の優しい声色に誘われるように、赤らんだ頬にそっと触れる。
「…サスケ」
初めて弟の名を呼んだ瞬間、心の奥に温かいものがぽっと灯った。
それから自分には明確な目的があった。
”誰よりも優秀な忍になって、この世から一切の争いをなくす”
その目標が、自分を完璧に忍へと駆り立てた。
自分がどうあるべきか。どうすれば誰よりも優れた忍になれるのか。
幼い頃よりそればかりを考えていたせいか、気づけばシスイを除いて、友達と呼べるような人はできず、ただ一人、修行に明け暮れていた。
自分の考えを理解してくれる者などいないと思っていた。ましてや自分のような考えを持つうちはなど。だからナナミに、一緒に頑張っても良いかと言われた時は、驚いた。 嬉しかった。
それを機に、ナナミと過ごす日々が多くなった。シスイといるときに似たような居心地の良さを感じた。
距離が縮まれば縮まるほど、守ってやらなければという男としての責任感のようなものが芽生えるようになった。
そんなある日のことだ。
”トウリさんが殉職した”
耳に入ってきたナナミの父の名に、ドクンと心臓が跳ねた。トウリさんは確か父の元で働いている、優秀なうちはの忍であった。トウリさんの死に、父は「…そうか」と一言、呟いた。
「……」
ナナミは大丈夫だろうか。ナナミの泣いている姿を想像すると、どうしようもなく胸が苦しくなった。