第5章 愛の月読【うちはイタチ中編】
「まだ帰ってなかったの?」
「…忘れ物をとりに」
意外な返答に驚けば、顔に出ていたのかイタチは気恥ずかしそうに「忘れ物ぐらいする」と言った。
その言葉に、周りからの印象ちゃんとわかってるんだな、と失礼ながらも思う。他人に関心がなさそうに見えて、イタチもイタチで、気にしているのだろうか。
「忘れ物ぐらい誰だってするよね」
ごめんごめんと笑いながら自分の席へ向かえば、「ナナミこそ」と声をかけられる。同じ集落に住んでいるから、下の名前ぐらい分かっていて当然なんだけど、不覚にも胸が高鳴る。
「先生の手伝いをしてて遅くなっちゃったの」と返せば、納得のいった顔を浮かべた。こうして二人きりになるのは初めてな気がする。…ちょっと恥ずかしいかも。
巻物を手に持ち、教室を出ようとするイタチに思わず「ねぇ」と声をかけた。
イタチは常に先輩や女子たちに囲まれている。それに、彼はすごく優秀だから首席で卒業してしまうかもしれない。この機会を逃したらもうイタチを知ることができなくなる、そんな気がした。
「?」
振り返るイタチと目が合い、鼓動が早くなるのがわかった。呼び止めたものの、話す内容を考えていなかった。必死に頭をフル回転させる。
「イ、イタチも、忍は争いの中で生きる者だと思う…?」
言ってしまって後悔した。何を当たり前のことを聞いているんだと呆れられそうだ。撤回しようと口を開けば、イタチの少し幼さの残った芯のある声が教室に響いた。
「俺はそうは思わない」
イタチの言葉に私は驚いた。同時に、自分の中で何かがストンと胸に落ちた。こんなにも担任の言葉が引っかかっていたのは、私もその考えに賛同できなかったからなのだろう。迷いのないイタチの姿を見て、私はそう確信した。
同じことを思っていたイタチに、嬉しさが込み上げた。誰も近づけなかった彼に、少しだけ近づけた気がした。同い年なのに、何故こうも芯のある人なのだろうか。
「私は争いが嫌い、大切な人が傷つくのは見たくないし、争いをしても何も生まれないのに、私たちはその争いをするために強くならなくちゃいけないのかな」
うちはイタチを知りたい、何を思っているのか。彼の目にはこの世界がどう見えているのか。イタチの考えを知りたかった。