第1章 いちごたると
「ツナ」
狗巻先輩が箱の中のケーキをひとつ指差した。
高さがない分、他のケーキよりも幅が広い三角に、カスタードクリームが挟まったクッキー生地。艶やかに化粧の施された真っ赤な苺がたくさん乗って、その上に小さなチョコのかけらがひと切れ飾られている。
「苺タルト…?」
言って顔を上げると、狗巻先輩は首を縦に振って頷いた。
「しゃけ」
狗巻先輩の言葉はまだ真希さんたちのようにしっかりとは理解出来ていなかった。けれど、何となく意思疎通は出来る。
「ツナマヨ、いちご、明太子」
親指をぐっと立てて、おにぎりの具で説明してくれた狗巻先輩。ひとつおにぎりの具じゃないのが入っていたが…。
「オススメって事ですか?」
「しゃけ」
頷いて、ツナと戸口を指差す。
「………?」
雪が首を傾げると、指先で目元を指して何かを摘み上げる仕草を見せた。反対の人差し指と中指をふたつ立てて組み何かを示す。
えぇーと。
目を隠す仕草に、見覚えのある指先。
ーーー!!
「あ!五条先生だ!五条先生の、オススメ!」
「しゃけっ」
もう一度親指を立てて、得意気に笑う狗巻先輩。
「似てます!」と言ったらもう一度真似してくれるノリの良さが先輩らしい。それを見てお互いに笑い合う。
「おーい、楽しそうだな、ご両人。でも、そう言うじゃれ合いは後にしてくれないか…」
パンダ先輩が笑いながら割って入る。
「決まったか?」
聞かれて雪は箱を見た。
「じゃあ、苺タルトにします!」
私は苺タルトに手を伸ばす。それをパンダ先輩とふたり見守る狗巻先輩。
けれど、はたと気付いてその手を止める。
「……?あの、オススメの苺タルトなら…狗巻先輩は食べなくていいんですか?」
不思議そうにそちらをみれば、目が合った狗巻先輩は首を横に振った。そのまま腕を伸ばし、虎杖くんがいつの間にか置いて行った皿を一枚手に取って雪に手渡す。
「しゃけ。明太子」
渡された皿を雪は反射的に受け取った。
「ツナ」
狗巻先輩は苺タルトを箱から取り出し、雪の持つ皿にゆっくりと乗せた。
「明太子」
どうぞ、と。
「ありがとうございます」
ほんの少し目を細めて笑った狗巻先輩。
なんだかちょっと嬉しくて。苺タルトの乗った皿をぎゅっと握った。