第3章 Valentineday♡
両手をぱたぱたと振って何でもない意を無意識に伝える。
「もう大丈夫です。何でもないです」
言って顔を上げた。雪は努めて笑顔を作る。
「明太子?」
けれど。見上げた狗巻先輩は、訝しむように雪を見ていた。
「本当に、何でもないんです。すみません、わざわざ手間をとらせてしまって」
折角任務も夕練もない平日の午後。
否、夕練は何となく手の空いてるメンバーが集まるだけだから義務ではないのだが。
狗巻先輩は変わらず雪をじっと見ていた。
「こんぶ?」
真っ直ぐに雪を見る紫の瞳。
口元はネックウォーマーで隠れていてその表情は読み難い。でも、何かを考えるように僅かに目を細めた。
…たぶんその顔に、笑顔はない。
居た堪れなくなって、雪はまた視線を逸らした。
「今日の午後実技で。なんか…疲れちゃったので、私はそろそろ寮に戻りますね」
雪は踵を返して、狗巻先輩に背を向けた。
自分の言葉が少し不自然に響いた気もしたけれど、気にする余裕もあまりなかった。
鞄から出して、机に置いたままの白い箱を手にする。狗巻先輩から隠すように静かに持ち上げて、そのまま鞄に手を伸ばす。
「…おかか」
呟くように雪の背後から聞こえたその声。
それと共に伸びた腕が、雪の肩に触れた。
「いくら」
とん、と狗巻先輩の細くて長い指先が、雪の隠そうとした白い箱を指差してつついた。
「高菜?」
誰にあげるの?と。
その瞳は、ただ真っ直ぐに雪を見ていた。