第1章 いちごたると
「美味しいですよ!狗巻先ぱーー、」
言いながら顔を上げて見れば、ペットボトルを片手に雪を見る狗巻先輩と目が合った。
……い?
ケーキもフォークも全く動いていなければ、ペットボトルの中身も一口分しか減っていない狗巻先輩。
紫の瞳が、ただ雪だけを見ていた。
「ツナ?」
笑ってペットボトルを机に置いた。
……見られていた?
そう思うとまた、雪の顔が真っ赤になる。
狗巻先輩はそんな雪を見て、フと笑った。
「あー…えと……?」
恥ずかしさから目を伏せれば、クスクスと肩を揺らす狗巻先輩の小さな音が聞こえる。
「ツナマヨ」
小さく笑うその声は、雪に“かわいい”と告げた気がした。都合の良い解釈に更に頬が赤くなるのが自分でも分かった。
「…か、揶揄わないで、くださいっ」
顔を上げると、笑う狗巻先輩と目が合った。
普段は隠れた呪印の入る口元。唇が静かに動いた。
“ か わ い い ”
雪は目を大きく見開く。
思わず手にしていたフォークを落としそうになってしまった。
「明太子ー?」
狗巻先輩は雪を覗き込む。まだ笑っていた気がしたが、上手く目を合わせる事が出来なかった。
いつもの悪ノリだろうか。
落としそうになったフォークをぎゅっと握り締めて目を逸らす。
目に入ったのは、やっぱり苺タルトだった。まだひと口しか食べていない。
ーーどうしよう。
悪ノリにしても、雪の心臓ははち切れそうなくらいにばくばくと動いていた。
ーーどうしよう。
どうしよう、と。
もう一度胸の中で呟いた時、カチャンと雪の隣から金属の音が聞こえた。
小さく目線を動かせば、素知らぬ顔で狗巻先輩ら自分のフォークに触れている。
いつも通りのように見える狗巻先輩に、ほんの少しほっとした気持ちになった。