第20章 文学少女に告るなら
月が綺麗ですね。
夏目漱石が残したとされる言葉で、意味は──『あなたが好きです』。
どこで覚えたのかまでは忘れましたが、確かにこの言葉は私も聞いた事がありました。
鳥束さんは私から顔を背けていますが、微かに見える耳は赤くなっています。
私が読書が好きな事を知っている鳥束さんは、文豪の残したとされる言葉を使い、告白をしてくれたのでしょうか。
そう考え、私は自身の胸が暖かくなるのが分かりました。
私の答えは、もう決まっています。
私は手に持っていた古本をベンチに置き、青い空の広がる頭上を見上げました。
「ずっと前から、月は綺麗ですよ」
まるで呟くような声。それでも鳥束さんにはきちんと届いたようで、
「……っ、それって……!」
私から顔を背けていた彼は振り返り、私をしっかりと見つめてきました。まるで今、この瞬間を忘れないようにするために。焼き付けておくために。
「……はい。好きです、鳥束さん」
ぶわっと彼の頬が赤くなり、それが分かった瞬間、私は彼に抱きしめられました。
「俺も……好きです。苗字さんの事が、好きです……!」
何度も気持ちを伝えてくれる鳥束さん。その声は若干震えており、私は彼の背中に腕を回しました。
嗚呼、とても、とても愛おしい。
思いが通じ合い、お互いの体温が溶け合います。
夏の暑い中ではありますがとても心地良く、吹く風も、今だけは爽やかなように感じました。
私たちの思いを繋げてくれた古本は風に靡きその頁をはためかせ、風に乗った匂いは何処までも運ばれてゆくのでした。