第1章 白と黒、灰と雨/前編(織田信長)
暗い夜闇に浮かぶ無数の星々。
すっかり夜が更けた頃——
長引いた軍議を終え天主に戻ると
柔らかく微笑む迦羅が出迎える。
「おかえりなさい、信長様」
「ああ、遅くなった」
なんという事もない挨拶の一つでさえ
かけがえの無いものだと感じるようになっていた。
仄かな行燈の灯りの下で
こんな夜更けまで縫い物をしているとは。
「もう明日にしろ」
「あ、はい」
素直に片付けを始めた迦羅には
僅かに疲労の色が見えた。
「俺の帰りが遅ければ
先に休んでも構わん」
たとえ此処へ帰った時に貴様が寝ていようと
その寝顔にただいまと告げるのも悪くない。
無理に起きていることはないと
あれ程言ったではないか。
「信長様の居ない布団で眠るのは
その…少し寂しいので」
重くなった瞼を持ち堪えながら
またもそんな愛らしいことを言う。
無自覚なのだろうが
これ程俺を堪らない気持ちにさせる。
縫いかけの着物を丁寧に畳み
道具を仕舞った迦羅だったが
立ち上がる様子が無い。
「どうした、寝るぞ」
「…足が痺れてしまいました」
……まったく、貴様と言う女は手のかかる。
そう思いながらも
何故か胸の内が綻んでいた。
「動けません、信長様」
甘えるように両手を広げる迦羅に応え
その身をふわりと抱き上げれば
疲れなど吹き飛ぶような可憐な笑みが見える。
そしてまた甘えるように俺の胸元に顔を埋める。
くすぐったいのは胸元ばかりでなく
心の中そのもの。
「眠いのか?それとも
まだ眠りたくないと言う意味か?」
少々意地悪く問いかけてみると
ほんのりと耳が赤く染まっていくのがわかる。
何を今更恥ずかしがっている。
返事を急かすように耳元でもう一度囁いてやると
「ふふっ、くすぐったいです」
「おい、返事はどうした」
「…まだ眠れそうにありません」
「だろうな」
貴様がそんな顔を見せるせいで
今宵も長くなりそうだ——。