第6章 帰蝶の企み
「戯言は終いだ。そろそろ城へ戻れ」
けれど彼は私の肩を押して視線を逸らした。
「帰蝶!」
「ふっ、なんだ、口づけを待っているのか?」
再度視線を合わせた帰蝶の目の奥にはもう何も映ってはおらず、戸惑う私に構わず帰蝶は口元を緩ませ口づけようと私の顎を掬い上げた。
「……っ、違うっ!」
頭でそれを振り払い彼から一歩離れた。
「私はもう、帰蝶には協力できない!もうここにも来ない……悲しい思いをする人を…増やしたくない……っ!」
「………」
帰蝶は訝しげな顔を私に向けたけど…
「まぁいい、暫くはあの天主に近づくな」
ため息を吐いてそう言った。
「………どうして?」
「じきに分かる」
意味深な笑みを浮かべる帰蝶のことを初めて恐ろしいと感じ、それ以上何かを探る気にはなれず帰蝶のいる部屋を後にした。
・・・・・・・・・
「口づけを拒んだか……、思っていた以上に堪えるものだな…」
紗彩が去った部屋で、帰蝶は紗彩に振り払われた手を見つめながら深いため息を吐いた。
もう片方の手には、帰り際紗彩に渡された匂い袋が握られている。
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『これ、帰蝶に』
『匂い袋?』
『うん。よく眠れてないでしょ?ヨモギの葉を乾燥させて香を合わせておいたから。眠る時に枕において?少しは眠れると思うから…』
口づけを拒み、協力を拒んでおきながらも、紗彩は帰蝶を最後には気遣い部屋を去っていった。
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手の中の匂い袋を握ると、ほのかな香りと共に紗彩の甘い香りが漂う。
「そう言えば、お前を抱いている時だけはよく眠れていたな」
真っ直ぐで情に脆く、危うさの中に熱い心を持った女…
そして、誰よりも生きることを強いられている女…
「こうなる事は分かっていたはずだ…」
己の目的のために紗彩を利用した時から…
そしてあの男に会わせればどうなるのかも…
だが切り札はこちらにある。
「実行を早めるか……」
さらに歴史を動かした時、紗彩、お前は必ず俺に縋りつき戻りたいと懇願するはずだ。
帰蝶はそう呟き、匂い袋に口づけを落とした。