第5章 過去の記憶
「信長様お願いです。私を城から…」
「この城から出て行くあてはあるのか?」
起き上がろうとする私をやんわりと褥へ押さえつけ、信長様は質問をした。
「身寄りも記憶もない貴様がこの城より出てどの様に生きて行くつもりだ?」
「それは…私にできることなら何でもして生きて行こうと……」
「身を売ることも厭わぬということか?」
「……っ、はい」
だってそれは…今のこの状況と何も変わらない。
協力をしない私を帰蝶はきっと切り捨てるだろう。
自分から死ぬ事も何もできない私が生きて行く方法がそれしかないのなら、きっとそれしかないんだ……
「ならば俺が貴様を生涯買い続ける。この城で俺の女として生きて行け」
「え?」
「俺は貴様を手放す気はない。他の男にくれてやるつもりもな」
「でも…でもそれでは今と変わりません。私はお城にいてはダメなんです。私がここにいると迷惑が…!」
長い指が私の口の動きを止めた。
「そんなことよりも早く怪我を治せ。もう何日貴様に触れておらんと思っている?貴様を抱きたい。俺の我慢も限界だ」
熱を帯びた目と艶のかかった声……
私の口を封じた長い指は、私の頬をゆっくりと撫でた。
まるで、私だけを見ていると勘違いしそうなほどに熱い眼差し……
「…………っ、」
それを直視できなくて目を逸らした。
「私ではなく、どうか他の女性の元へ……皆、信長様からお声がかかるのを待っております」
頬を滑る指がピクっと反応し動きを止める。
こんな事を言えば怒らせると分かってはいる。分かっているからこそ、その怒りのままに私をここから追い出してほしい。
そう思ったのに……
「貴様に言われずともそうする」
信長様は怒るどころか静かに目を伏せそう言うと、立ち上がり部屋から出て行ってしまった。
(怒ると思ったのに、どうしてあんなに苦しそうな顔を…)
ツキンと、胸に何かが刺さった様な感覚…
信長様はその日から姿を見せなくなり、代わりに見張りの人が私の部屋の外に置かれた。