第3章 記憶喪失の女
帰蝶とワームホールで戦国時代に来た私は、帰蝶と一緒に堺という地へ向かった。
宿で寝泊まりの日々が何日か続いた後、荷物をまとめろと言われてある立派な商館へと移動した。
現代とさほど変わらないレトロな様相の商館の商館長となった帰蝶は着々と何かに取り掛かり計画を進めているみたいで、日々様々な人がその商館を訪れていた。
「困った事はないか?」と何度も聞いてくれたけど、商館での暮らしは現代の暮らしとほぼ変わる事なく快適で、しかも帰蝶も優しくて……
ここは私にとって辛い事しかないと言った帰蝶の言葉自体を忘れかけていた頃、彼は私を部屋へと呼び出した。
「私に話って何?」
過去に帰るからと別れを告げられた日を急に思い出し、私は緊張して帰蝶の前のソファに座った。
「本能寺の変を知っているな?」
「……うん」
「その本能寺の変が、明日起こる」
「え?」
随分と間抜けな話だけれど、過去に来るとはこれから起こることが分かるのだと、その時初めて気がついた。
「織田信長が…明智光秀に殺されちゃうって事?」
織田信長や明智光秀の時代なんだって感覚も、この時まであまりなかったように思う。
「お前の習った史実ではそうなっているが、実際は違う」
「?」
「実際にあの男の命を狙うのは、元本願寺法主の顕如と言う男だ」
「顕如…?」
(聞いたことがあるような、ないような..)
「顕如は、各地の門徒達に一向一揆を起こさせ信長に対抗した僧侶だ」
首を傾げる私に帰蝶は言葉を続けた。
「だがそれにより多数の門徒が無惨にも殺され、顕如はそれを恨んでいる。その憎しみが明日、本能寺ではらされるということだ」
「そうなんだ……」
可哀想な話だと思いながらも、まだこの時点では他人事と思いながら私は帰蝶の話に耳を傾けていた。
「だがこの本能寺の変は失敗に終わる」
「失敗…?え?どういうこと……?」
織田信長は敦盛を舞いながら自害するんじゃないの?
「お前が、信長を助けて歴史を変えろ」
まるで簡単なことだとでも言うように、淡々とした口調で彼はそう言った。