第12章 愛しき者の正体
「あの、信長様……、実はこれを紗彩様からお預かりしておりまして…」
花はおずおずと一通の文を俺に差し出し、頭を下げた。
「文?」
「はい。紗彩様にもしもの事があればこれを信長様に渡して欲しいと……」
「………そうか」
文を受け取ると花は静かに部屋を出て行き、俺はその文をただジッと見つめた。
「これはもちろん、俺への恋文であろうな?」
意地悪く問いかけても、愛しい者は眠ったまま答える気配はない。
これが恋文ではない事など、百も承知だ。
死を覚悟した奴からの文には、恐らく真実が綴られているのだろう。
「紗彩、貴様はこれを俺に読ませてどうしたい?」
俺が、真実を知って怒り狂うとでも思ったか?
それとも、俺が貴様を手放すとでも思ったのか?
そのどちらでもない。
「言ったはずだ、貴様を愛していると」
何を聞き、何を知ろうが、貴様に抱く思いは恋情しかない。
「この文はまだ読まん。俺は、貴様を死なせる気はない」
紗彩を撫でるように文の表面をひと撫でして、己の袂へと入れた。
「勝手に死ぬ事は許さん。死んだら殺す」
変えるべきこととそうでは無いもの…
それさえ間違わなければ紗彩は必ず目覚める。
「十日、いや五日で終わらせて必ず戻る」
色々と疲れただろうからな。俺が戻るまでは眠って疲れを癒せば良い。
「だから目覚めた時は笑え」
その時はまた、食べ切れぬほどの水菓子を用意してやる。
眠る紗彩の唇に己の唇を重ね、暫しの別れを惜しむ。
「行ってくる」
紗彩の縫った羽織を手に、俺は愛しい者が眠る部屋を後にした。