第10章 真っ白なページ
「お前に殺せとは言っていない。俺があの男をこの世から消してやる。だから俺の元に戻って来い」
手首を掴む力は更に強まり、
「……っ、痛いから離して」
ついには痛みが走った。
「紗彩、あんな男のために命を捨てる気か」
帰蝶は力を緩めたものの私の手首を掴んだまま話を続ける。
「信長様は”あんな男”じゃない」
「お前はあの男の本質を知らない。残忍で人の血を好み乱世を誘う第六天魔王、それが奴の正体だ」
「そんな事…とっくに知ってる。出会った頃は怖いなんてものじゃなかったし、戦があれば血の匂いをさせて戻って来る。機嫌を損ねれば力づくで押さえつけられて背筋が凍るほどに恐怖を感じる日々だったもの!」
「ならば——」
「でも、…でも信長様は変わったの。そして私の心も変えてくれた。だから私の命は助からなくてもいい。信長様の側にいたい」
愛する事に不器用で、でも優しくて、私を無償の愛で包んでくれる信長様に、私もこの気持ちを返したい。
「後悔するぞ」
帰蝶は、私の手首を掴んでいる手に再び力を込めた。
「後悔なんてしない。嘘偽りのない心で私を受け止めてくれた信長様の元で、少しでも思いを返したい」
帰蝶の手を解いて私は彼に再び背を向けた。
「私もう行くね」
「紗彩、待てっ!」
もう彼の声は聞かない。
「さようなら、帰蝶」
自分の残りの人生は自分で決める!
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お店を出て暫く歩くと、けたたましい馬の蹄の音が聞こえてきた。
何?なんて思わない。
だって、砂埃を上げてこっちに向かって走って来る馬には信長様が乗っているって分かるから。
「紗彩っ!」
私を見つけた信長様は馬から飛び降りると私の元へと駆けて来る。
勝手にお城を出てきた事の理由はまだ考えていないし、きっと何を言ったって叱られる事は分かってるけど、きっと信長様は私をまず抱きしめてくれる気がして…
「信長様……」
その時を待ち侘びていると、
「っ………!」
クラッと眩暈に襲われた。
いつもの眩暈の他に、今日は頭が割れるように痛い。
周りの景色がグルグルと回り出した時、
「紗彩っ!」
信長様の声と逞しい腕を体に感じて、私の意識は闇の中へと吸い込まれていった。