第1章 黒の糸
生まれた時にはもう両親はおらず、施設で育った私は親からの愛情を知らずに生きてきて高校生になり、今まで一度も幸せだと感じた事がなかった。
もちろん、施設での生活はお世辞にもいい事なんてなかった。
同じ孤児同士の弱い者いじめや、大人からのいやらしい視線。
酷い時には、体を触られた事もあった。
それでも、そこでしか生きて行くしかない私は、必死に勉強して頭を働かせ、何とかその手から逃げ延びていた。
中学に上がってからは、自分の身を守るくらいの事は出来て来て、酷い事にはならなかったのは運がよかったのだろう。
そして、寮がある今の高校に無事入学した。
それが私にとって大きな“運命の出会い”になる。
出来るだけ地味に目立たず、まるで空気のように過ごす。
だから、不良が多いこの学校では、絶対大丈夫だと思っていたのに、不良という人種は難しい。
「へぇー……なかなか可愛いじゃん」
「何でこんな格好してんのー?」
「三つ編みとか、今時ほとんどいねぇんじゃね? このメガネも伊達だし」
三つ編みにしていた髪は解かれ、伊達メガネは取り上げられた私は、先程廊下でぶつかった数人の不良達に捕まり、空き教室に連れ込まれていた。
暇潰しとはいえ、いい迷惑だ。
「あの、返して下さい」
「おっと」
「ほらほらぁー、大人しくしろって」
物を取られてからかわれるなんて、施設ではよくある事で、何処へ行っても幼稚な男ばかりで嫌になる。
ほんとに、最悪。
教室の奥に追いやられ、逃げ場のない私は必死に逃げようと頭をフル回転させるけど、人数が人数だから今のところ方法は見つかっていない。
喧嘩が出来るわけでも、護身術が出来るわけでもない。
こんな事になるって分かっていたら、少しでも身を守る術を習っておくんだった。我ながらやっぱりまだまだ甘い事を悔いていた。
そんな事を考えていた私は、ふと体に違和感を覚える。
「ちょっ……」
「大人しくしてろっつってんだろ」
いつの間にか、視界が天井を向いていて、私は仰向けに寝転んでいた。
ふざけていた雰囲気は何処へやら。男達はニヤニヤしながら、私の制服に手を掛ける。
騒ぎ、暴れて抵抗する私の目に、一人の男が手を振り上げるのが見えた。