第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
「……おあずけとか」
カラリとした夜風に吹かれるケラの鳴き声に混ざって、二口くんは愛想なく唇を尖らせた。
あの後職員室から内線の電話がかかってきたことが原因だ。普段よりも遅い時間に私が残っていることを案じた教頭先生からの電話だった。
「空気読めよあの眉げ」
「こらこらこら」
「ちっ」
「舌打ちしないの」
「だって寧々ちゃん、男子高生の性欲わかってる? 俺いまだに半」
「それ以上言わなくてもわかってます…っ、ごめんなさいっ、私がちゃんとしなかったから」
「いや嘘嘘。手出したのは俺だし。寧々ちゃんは悪くねぇよ」
校舎裏の職員用駐車場には私の車しか残っておらず、虫を弾く殺虫灯が時折ケラの鳴き声を遮断する他は人ひとりの声もしない。
昨晩と、今朝と、何も変わらないスペースであるはずの駐車場が、まるで違う場所に思えるのだから不思議な気分だ。
二口くんの人差し指が、優しく頬に触れ滑る。
「今日から、俺の彼女……?」
「っ、あの」
私のほうこそ何度でも尋ねてしまいたくなる。
「私で、いいの……?」
本当に夢じゃないのか、と。
「んなこと言わないでよ。寧々ちゃんしかいないじゃん」
「卒業するまでは、できないこといっぱいあるよ」
「わかってる」
誰にも言えない恋になるのだな、と、私自身も初めてここで覚悟した。また、或いは誰にも何にも知られずに、終わっていく恋になるのかもしれない。
「卒業までに、俺もっといい男になってみせるから、見てて」
二口くんを見上げると、丸い瞳の中に映った私が見える。
例えそうなってしまっても、悔いることは絶対にないだろう。
これから先も、私はあなたをしっかりと見つめているから。
「はい」
真っ直ぐな彼の眼差しと、その中の少しイビツな姿をした私に微笑む。
胸を張ろう。
そう決意して、力強く頷いた。
* F i n *