第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
「藤井くんがかっこよすぎるんだもん~~!!」
『そんなこと聞くために深呼吸させたのかあたしは』
「いやだ、蘭子ちゃん助けて、本当に」
『まあまあ。昨日は昨日、今日は今日なんでしょ? なら明日は明日の風が吹く! 少年よ大志を抱け!』
「なにそれ励ましになってない!」
『てことでもう切るからね。さっきからお風呂入れってお母さんうるさくて。寧々も早く寝なよ? それから明日もちゃんと学校にくること。じゃあね』
「ちょ、蘭子ちゃん···!」
無音になるスマホ。時刻は夜の九時四五分。普段なら、ちゃっちゃと明日の仕度をして布団に入る時間帯だ。
帰ってきてからいつものルーティンがなにひとつ手につかない。夕飯も大好きなハンバーグだったのに胸がいっぱいで残してしまった。お母さんも心配してた。
ベッドに飛び込み枕に顔を圧し当てる。
藤井くんの声や手の感触を思い出すだけで、嬉しいとか恥ずかしいとかいろんな感情が一気に襲いかかってくるから平常心じゃいられなくなる。
全世界の恋する乙女たちはこの難題をどう克服しているんだろう。
きっかけがほしくって。
なにか少しでも変われたらって。
そう思って一歩踏み出してはみたけれど。
「フォークダンス、心臓、もつかな」
大志を抱くまでにはもう少し時間がかかりそう。
* F i n *