第1章 束ねて 【不死川実弥】
「不死川先生、そろそろお昼休みが終わりますよ」
ソファで横になっている不死川実弥のそばに立ち、篠山寧々は柔らかな口調でそう呼び掛けた。
見下ろした先の長い睫毛が微かに震える。けれど、実弥は一度の呼び掛けでは目を覚まさない。
背中を丸め中腰になる。
色素の薄い眉の辺りに指先を添え、沿うように、そっと撫でる。
眠っているときの実弥の眉毛はほんの少し下がっていて、いつもとても優しい顔をしていること、この学園に通うほとんどの生徒たちは、きっと知らない。
「さーねーみーくん。早く起きて戻らないと、午後の授業に遅刻しちゃうよ」
しゃがみ込んで耳打ちすると、実弥の口から「···ンン」という低い声が零れた。
「寧々······?」
「時間が─、ッ」
後頭部に手が回り、少し強引に引き寄せられて、ほんの一秒、唇が重なる。
ライトなキスが何度か繰り返されたあと、漂ったミントの香りが消えないうちに、実弥のまぶたがうっすらと開かれた。
まだほのかに寝惚けたような眼差しと目が合う。
唇から覗いた紅色の舌先が下唇にちろりと触れる。
──あ。
これはいつもの。
口開けろ、の実弥の合図だ。
「っ、だめ···っ」
「···あァ?」
「実弥くん寝惚けてる。ここは学校です」
「······あァ、そういやそうだったなァ」
ようやく目が冴えたのか、実弥は大きな目をぱちぱちとまたたかせ、思い出したような顔で寧々を見た。
ここは、キメツ学園高等部にある一室。
カウンセリングルームである。
「よく眠れた?」
「あァ助かったぜぇ。近頃仮眠室行ってもなかなか寝つけねェからよォ」
キメツ学園のカウンセリングルームは広い。
ぬくもりのあるベージュを貴重とした内壁に、テーブルや本棚などのインテリアはウォールナット素材のもので揃えられていて、所々に観葉植物が並んでいる。