第1章 私は私で私じゃない
楽しい時間ってあっという間
あの角を曲がれば家に着く
「もうあそこなので、ここで」
もう楽しい時間も終わり
たくさん笑ったな
「薫さん、玄関まで送ろう!」
煉獄さんは当たり前のようにすたすたと行ってしまった
「気にすんな。あいつの性分だ。ちゃんとしねぇと気が済まねぇのよ」
宇髄さんも煉獄の後を追いかけて行ってしまう
家の主の私を置いて
なんだかそれがおかしくて、思わず笑ってしまった
「何笑ってんだよ。早く来な」
宇髄さんが振り返り呆れ顔
煉獄さんもにっこり笑う
2人に手招きされて、再び2人の間に入った
初夏の風が間をすり抜ける
着物の袖が風で持ち上がると、両側にいる2人に擦れる感覚が伝わってきた
こんな感覚さえも新鮮だ
私は小さい頃から両側に人が立ったことがない
お母さんしかいない家庭だったし、友達だっていない
歩く時はいつも、独りか2人
そのうちお母さんもいなくなって独りだ
「ありがとう…」
ポツリと出たのは感謝の言葉
「薫さん、もう夜道に独りで出歩いてはいけないぞ!」
「事情があんだろ?でもな、煉獄の言う通り夜道はだめだ。俺達でなんとかしてやれることがあるなら言ってくれ」
寂しさを紛らわせるために抱いて欲しいって?
言えない。そんなこと…
私はきっとギョッとした顔で2人を見ていたと思う
「えっと…はい。大丈夫。もう出歩きません」
嘘をついてしまった
どうせもう会わない
でも私にはあれがないとダメなんだ
寂しくて死んでしまいそうだから
人肌を感じないと狂いそうになる
そこに愛がなくてもいい
所詮愛なんて幻想なのだから
「着いたな!しかし、立派な屋敷だ。」
煉獄さんは両手を腰につけて家を見上げている
「家だけは立派で。でも独りの私にはこんなにいらない」
広くて暗くて夏が来ようとしているのに寒い家
「なら今度遊びにくるか!なぁ、煉獄!飯でも食おうぜ」
この宇髄さんと言うのは、いい意味で私の中に土足で入ってくる