第1章 1
深夜近く、車通りも人通りも少なくなった薄暗い道を、わたしの手を引いたまま無言で一歩先きを歩く下野さんの背中を見つめた。
繋がれた手から伝わる温もりに胸が張り裂けそうに痛くなる。
血がにじむくらい唇をかみしめて堪えてた涙が溢れ出る。
この人が好きだ・・・。
そう思う気持ちと同じくらい、なんて残酷な人なのかと言う思
いに涙が止まらない。
一大決心をして、諦めようとしてるのに・・・。
どうして今手を繋いだりするの?
いつもは遅い時間でも、タクシーを呼んでくれるくらいで、自ら送ってくれることなんてしないのに。
どうして今、こんなことをするの?
もう・・・無理・・・っ
わたしは、下野さんの温かい手を振り払った。
下野さんがびっくりしたように立ち止まってわたしを振り返った。
「もう・・・無理です・・・下野さん、優しくしないで・・・これ以上好きにさせないで・・・」
わたしは両手で顔を覆うと、溢れ出る嗚咽をこらえようと必死で深呼吸を繰り返す。
過呼吸になりそうなくらい、早く浅い呼吸を繰り返していると、下野さんの優しい香りと温もりがわたしの体を包みこんだ。
「!?」
抱きしめられた下野さんの腕の中で思わず硬直する。
「・・・いいよ、もっと好きになって。諦めなくていいから。俺が責任持って受け止めるから」
下野さんの低く甘い声が耳元で響いた。
訳が分からず、硬直したままのわたしに説明するように、下野さんが至近距離でわたしを覗き込む。
「言い訳・・・なんだけど、ずっと・・・事務所には恋愛禁止だからって釘刺されてて・・・お前の未来を俺が潰すようなことしたくなかったし・・・でも・・・ごめん、ずっと10年も悩ませてたんだな。ずっとお前のためだと思って・・・お前の気持ちに背中向け続けてきたけど・・・でも、あんな風に急に俺の前から去られるのは・・・辛い。俺も・・・もう限界だと思ってた。俺とのことがお前にマイナスにならないように、俺10年間頑張ってきたから・・・もう・・・いいよね?」
下野さんが切なそうに言いながらわたしの頬にためらいがちに触れる。
その指先は冷たく冷えて少しだけ震えていた。