第4章 抑止力
— 抑止力 —
男は、すこぶる優秀だった。しかし、それと同じくらい歪んでもいた。
「どういう事ですか!御社の社長は、我が社と契約すると言っていたでしょう!」
「うんうん、いや本当にその通りなんだよねぇ。我が兄ながら、その低脳さには辟易させられる。あ、ねぇねぇ。もっと言えば、その愚兄を社長に選んだ先代も低脳だと思わない?」
『副社長』
「あ、ごめーん。話が逸れちゃった!なんだっけ?君のところと契約を結ばない理由だっけ?それはごくごく単純なお話だ」
了は、さきほどまで手遊びしていたペンを、相手の社長へと向けた。ペンの切っ先を向けられた男は、尖った先端を自分へ向けられたことよりも、了の鋭い目付きに息を飲む。
「この会社には、未来がない」
「なっ、なにを、根拠にっ」
「はいこれ。君が訊きたいって言った根拠」
私の手にあった資料を取ると、了はテーブルに投げ付けた。
「分かりきったこと説明するのって、僕嫌いなんだよねぇ」
そう言って彼は、私に視線を投げて寄越した。説明を代われと言いたいのだろう。ここへ向かう道中の車内では、自らの口で追い込んでやるのだと嬉々として語っていたのに。相変わらず、気分屋の名を欲しいままにしている。
『僭越ながら御社の財務諸表をお借りし、副社長の代わりに私が説明をさせて頂きます。
一見すると、黒字計上。何も問題なく経営が上手くいっているかのように見えますが。この諸表、よく見ると、おかしな点がいくつも見受けられます。矛盾があるんですよ。
貴方がた…やっていますね。改竄』
「う…っ、な、何を!そこまで言うなら、証拠は、あるんだろうな!?」
「あはは。だからぁ、これが証拠だってお話してるんだろう?見掛けによらず愉快だねぇ君は。逆に契約したくなって来ちゃったよ」