第3章 副社長
1層階。メインホール催し会場。平日だというのに、そこは随分盛り上がっていた。特に、子供が多い。
顔を上げ、弾幕を見てみると、こう書かれている。
“ 恐竜の化石、発掘体験 ”
作業着を来た係員の周りに、子供達が蔓延(はびこ)る。そして皆一様に木ベラとハケを持ち、人工的に固められた地面と向き合っていたのだった。小さな背中をさらに小さく丸め、一所懸命に。
いや。小さくない背中も、そこにはあった。
「あぁちょっと坊や!これは僕が先に見つけたんだから。君は手を出さないでくれるかなぁ?もしこの化石が欠けでもしたら、今度は僕が君の歯を欠けさせてやるからね」
子供に向かって、何てことを言っているのだ。
そこには、赤いスーツに身を包み、嬉々として歯の化石を発掘する大人がいた。
どうやら、館内放送は依頼しなくて済んだようだ。
私は、すぐに声を掛ける事をせず、目の前の男を観察することにした。
スーツが汚れる事も厭わず、子供を押しのけ遊びに興じる彼の、なんと無邪気なことか。昨日の、禍々しい雰囲気はどこに消えてしまったのだろう。到底、同じ人間だとは信じ難い。
クルクルと変わる表情に、いつしか私は魅入ってしまっていた。そして同時に、気になった。
彼は一体、いくつの顔をその1つの体に押し込めているのだろう。
「出た!ほら見て!これ、僕が張り出した歯の化石だ!素晴らしい形で欠損もない!」
「お、おめでとうございます!」
「あはは!ありがとう。じゃあこれ、返すね」
「よろしければ、お持ち帰り頂いて結構ですよ?」
「いらないね。だってこんなのはただの、石で出来た偽物じゃないか。
僕はね、本物志向なんだ」
だから、子供達の前で何て事を言うのだ。
泣き出しそうな子供達、そしてドン引きの係員。どちらも気の毒で仕方がない。
が、突き刺さるような親達の視線も厭わず、了は颯爽と歩き出す。
「あっ!その石はいらないけど、このヘラとハケは貰っていくよ!いいよね」
「え!?それは返却してもらわないと困」
「ありがとう!じゃあね、さようなら。楽しかったよー」
あっけらかんと口を開ける係りの人に、私は一目散に駆け寄る。そしてその手に一万円札を握らせてから、了の背中を追いかけた。