第9章 歪
— 歪 —
直帰の指示はなかったので、百を送り届けた後は了の元へと戻る。そこにはエプロンを付け、使ったフライパンをゴシゴシ洗う了がいた。エプロン姿の、なんと似合わないことだろう。
「うーん。嫌だなこびりついちゃって…頑固な、汚れが!なかなか、落ちないなぁ!
…ふう。僕がフライパンだったら、高温調理可能なのにテフロン加工でツルッツルの、高性能フライパンに違いないのに!」
『上司がフライパンだなんて、遠慮願いたいです。
片付けなら、私が代わりますよ』
「大丈夫、僕がやるよ。だって君は疲れてるでしょ?」
『少し車を運転しただけで、特に疲れは』
「え?百とヤらなかったの?」
私の耳がどうにかなってしまったと思ったが、どうやら聞き間違いではないようだ。混乱し黙りこくる私に、彼はエプロンを外しながら呆れた様子で続ける。
「馬鹿だねぇ。せっかく僕がチャンスをくれてやったのにさ」
『あの、さきほどから、何を』
「百は君を気に入ったみたいだった。そして君も満更でもなかったんだろう?だから親切な僕が、二人きりにしてあげたんだよ」
出っ放しになっていた水を了が止めると、それは汚れた油と混ざって排水口にゴポゴポと吸い込まれた。
『そんなことはありません、そんなのは、貴方の』
「勘違い?じゃ、ないだろ?」
否定しても、肯定しても、この男を不機嫌にさせると悟る。こちらを捉える刃物みたいに鋭利な視線が、そう物語っているから。
無言で部屋を出る了の背中を見つめ、私は泡立った自分の肌を撫でた。
こんなふうに、全身が騒ついて空気が凍る場面には、何度か出くわしたことがある。それは決まって
了が、怒っているときなのだ。