第2章 プロローグ
仕事を紹介してやると言って、彼女が手中にズラリと並べた名刺。その数、5枚。この中から好きな物を引けと笑う彼女は、まるでポーカーでもしているみたいに陽気だった。
言われるがまま、私はその中から1枚の名刺を引いた。まるでババ抜きでもしている要領で。
そして名刺の表面を一瞥もしないまま、ここに決めると告げた。
彼女は、もっと真面目に選びなさいよと頬を膨らませたけれど。その声は決して、怒ってなどいなかった。
これは後から聞いた話だが。斡旋してくれるつもりだった5社の全てが、芸能プロダクションだったらしい。
彼女は、分かっていたのだろう。
私が音楽から離れるなんて、どうしたって出来はしないと。これからもずっと、音楽と共に生きていくのだと。
こうした経緯で私は、ツクモプロダクションの扉を叩くことと相成った訳である。
次の日には早くも面接が行われたのだが、これがなかなかに衝撃的なものだったのだ。
面接官は、1人だった。社長ではない。私は内心で胸を撫で下ろした。この男は私の事情を詳しく知らない。私が元アイドルだと知っているのは、知人と社長のみであるからだ。
なるべくなら、知られたくない。情けない。恥ずかしい。アイドルになり損ねた事を、いつしか私はそう感じるようになっていた。
俯く私を、男はじっと見つめた。無遠慮で、突き刺さるような視線。心の中を覗かれているようで、ひどく不快で不安になった。
だだっ広いオフィスに、彼特有のねちっこいオーラが満ちていくようだった。
一体どんな質問が飛んでくるだろうか。
入社を希望する動機?会社でやりたい事?前職?自分の長所や短所?それとも保有している資格について?
それぞれに、とりあえずの答えは用意して来た。しかし繰り出されたのは、たった8文字の、あり得ない問いだった。
「君さぁ…アイドルって、好き?」
細く緩められた目。片方だけ上がった口端。彼の纏うオーラに圧倒され、気付けば私の口は1人でに言葉を紡いでいた。
『嫌いです』
これが、私と月雲 了との、出逢いであった。