第8章 ただの勘違い
ぷらんっと袖の余ったところを振り回して、指先を出すと、胸元の生地を掴みめくってみた。
ーー…特注なのだろうか。いつも同じスーツを着てる気もする。
胸の内ポケットの中に何か硬いものが入ってるようだった。
指先で外から触れてみると何か石のようなものだ。
ポケットの中にまで手を入れて調べるのは気が引けたからさすがにしなかったが、綺麗好きな上司がゴミを入れてるとは思えない。
ぺらっ生地を掴んだまま、顔を近づけた。
くんくん。
「……上司の匂い。」
飲み屋で近づいたことはあるが、お酒が入ってたしあの時とはまた違う気がする。
香水とも違う、彼自身の匂い。
「…なんか……うつりそう。」
上司のーー…降谷さんの匂いが。
ぎゅっと上着ごと手のひらで抱きしめるように掴むと、助手席が開けられ私は飛び跳ねそうになった。
「何をしてる。」
「何もっ!」
私は慌てて車から降りようとしたが、降谷さんは私の肩に手を置き車に戻した。
「そんなに掴むとシワになるだろ。」
「掴んでませんっ!」
「…そうか。」
だ…抱きしめてなんてないっ!
勘違いしないでほしいっ!
「これを着ろ。」
「…?」
紙袋を顔面につけられ渡されたのは、黒のレースでできたボレロだった。
「黒なら会うだろ?」
「…ありがとう…ございます。」
私が降谷さんの上着を脱いで返すと、降谷さんは上着を車の外でバサバサ!とはたいていた。
ーー…そんなに私が着るの嫌なら貸さなきゃいいのに。
なんとなくムカっとしながら、買ってもらったボレロに袖を通した。
総レースになっていて、キラキラとしている。
肌にピタッと密着してすごく着やすくおしゃれだ。
「わぁ、可愛い。」
「……。」
「あ、すみません。」
上司の視線に気付き謝罪をすると降谷さんは運転席に戻った。