第8章 ただの勘違い
「僕に恋人は必要じゃない。」
「失礼なことを言ってすみませんでした。」
素直に上司に謝罪をしたが、降谷さんは私のテーブルに手をついたまま、じっと近くで私を見下ろしていて離れようとしない。
「しかし…」
いちいち、パーソナルスペースが狭い人だ。
「少し僕の恋人になってもらう。」
「…嫌です。」
「仕事でだ。馬鹿。こっちだって夏目を本物の恋人にする気なんてない。」
すっと私から離れて呆れたように睨まれた。
「ーー仕事ですか?」
「あぁ。詳しい話は風見から聞いてくれ。潜入は来週の金曜日。」
「ーーせ、潜入っ。」
「初めてだろう。」
ドキドキと急に胸が高鳴り始めた。
「…はい。研修は何度も受けてますが、実践は初めてです。」
「これから夏目には、色々の場面で働いてもらうつもりだ。今回は僕とパートナーとして動いてもらう。探偵安室透の助手として恋人のようにしてもらうことになる。」
…あの胡散臭い笑顔の安室透と行動を共にするのか。
「…安室さんと。」
私が少し嫌がってることがわかったのか、降谷さんは急に優しい笑顔になり、私の顔を覗き込んできた。
「めぐみさんと恋人です。お願いしますね。」
「ひっ。」
「…その顔は当日だすなよ。」
また降谷さんに戻りため息を吐かれた。
そんなコロコロ変えられたら、嫌な顔にだってなる。
「当日はそんなふうにならないでくださいね…。」
「そんな風に?」
「降谷さんになったり安室さんになったり…、どんな顔していいのかわかんなくなっちゃいます。」
「慣れろ。」
後は風見から聞いておけ、と言われ、降谷さんは執務室から出て行った。
部屋を出る直前、こちらをチラリと振り替えり「恋人らしくしろよ。さっきの様子だと少し不安だが…」と捨て台詞のように言っていった。