第33章 ポアロにて
「あとは片付けしていくだけですから、梓さんは帰っても大丈夫ですよ?」
「え?でも片手でも出来ます!ただの捻挫ですから!」
包帯を巻いて、吊るしている手を振り上げる梓さんに安室さんは首を振った。
「悪化したら、どうするんですか。」
「私もいるので、気にしないでください。」
「…でも。」
眉を寄せ、遠慮をする梓さんに安室さんは背中を押した。
「ほらほら、早く治してください。それにーー…」
私に背を向け、こそこそと梓さんの耳元で安室さんは何かを囁いているようだった。
ーー…何を言ったんだろうか。
とたん、梓さんは顔を真っ赤にしてコクコクと力一杯頷いていた。
「わ、私っ、帰りますね!めぐみさん今日はありがとうございました!またいつでもお店に来てください!」
「は…はい。」
あわあわと、早口でそう言うと梓さんはエプロンを外し帰り支度を始めた。
にこにこと笑って手を振る安室さん。
まったく、適当なことを言ったに違いないこの上司。
「じゃあお疲れ様でした!あとはよろしくお願いします!」
ばたばたと嵐のように梓さんは帰って行った。
「明るくて可愛らしい人ですね。」
「えぇ。」
…。
にっこにっこと笑ったままの降谷…いや、安室さん。
2人になったと言っても、一応ポアロでは安室さんのままで行くのだろうか。
私が洗った食器を拭いていく。
「安室さんはいつもここで、こんなふうに働いてるんですね。」
「えぇ。のんびりだから、楽しくやってるよ。」
「…安室…さん?」
「なんだい?」
ーー…なんか。怖い。
「…あの……降谷さんは…」
事件の報告の話でもすれば、降谷さんになるのだろうか?
彼の切り替えの仕組みがわからない。
「透ってもう呼んでくれないのかい?」
「…わぁ…」
隣に立つ安室さんに笑顔で見下ろされ、私はなんだか逃げたくなってきた。