第15章 どなたでしょうか
一方ローはコノハがいなくなった船長室でしばらく医学書を読んでいた。
ほんの1日足らずで開きやすくなってしまったこのページは、分厚いというのに今や皮肉にもローの手に馴染んでいる。
「解離性健忘……」
今まで実際にその症例を見たことはなかった。
それでも昨日のコノハの様子を見てすぐに病名が思い付いたのは、自分が本の虫だからだろう。
こればかりは過去の自分を褒めてやりたいぐらいだった。
しかしながら、知識なんてものは結局使い物にならなければ無知と同等。
結局今の自分に分かることと言えば、その病名と原因。
更に今脳味噌に追加されたばかりの治療法くらいしかない。
「ハァ…」
堪らずローはため息を吐いた。
治療法とはいうものの、本に並ぶ文字の羅列はどれも不透明なものばかり。
『まずは生活習慣の改善』
健康的な食事、適度な運動、質の良い睡眠…
生活習慣を少し改善したところで何が変わるというのだろうか。
それにコノハは健康そのものだ。
『薬物療法』
いわば解離症状の発生を抑制する為に抗うつ薬を使うのだろう。
正直副作用の方が心配だ。なるべくアイツには使いたくない。
『心理療法』
原因となった記憶に直面させ、自身と向き合わせる…か。
そんな鬼畜な所業…
「流石に出来ねェ…」
これにはさすがに心の声も漏れた。
いくら医者の俺でもそんな傷を抉るような真似は出来ない。
「チッ…」
結局全ての治療法にケチを付けただけで答えは分からないまま。
持っていた医学書を横に置き、ローはソファーの背もたれに頭を預けた。
この先、いつコノハに記憶が戻るかは分からない。
もしかしたら明日、1ヶ月後…いや、永遠に戻らない可能性もあるだろう。
欲を言えば…1日でも早く自分たちの記憶を取り戻してほしい。
でももしも……
コノハが俺らを覚えていない原因が、あの近辺の記憶に俺らが存在しているからだとしたら…?
もしそうだとすると、俺らを思い出すこととあの記憶を思い出すことはイコールになるのでは……
それじゃまるで諸刃の剣。
辛い記憶を掘り起こすぐらいなら、この先コノハに俺たちの記憶が戻らない方が…それはそれで良いのかもしれない。