第1章 仮面を被った悪魔
「早織、帰ろう」
優しさを孕む声。その顔には笑顔が貼り付けられている。私は知っている。これは兄、永宮雅哉の顔。
でも本当は_______。
放課後、友達の咲良ちゃんと由佳ちゃんと教室で話しをしているときだった。すごく楽しかったのに、彼のせいで一気にどん底に落とされる気分になる。
「ま、雅哉は先帰ってていい…………よ」
今日ばかりはみんなと一緒にいたかった。これからカラオケに行く約束だってしたの。お願いだから邪魔しないで。
私の声は震えていた。知っている。この先に何が待ち受けているのかなんて。それなのに私は今、彼に反抗している。
「だめだよ。僕と一緒に帰ろう?」
すると頭上から降ってくる優しい声。見上げるとニッコリ微笑んでいる。その笑顔は本物じゃない。
「今からね、皆でカラオケ行くの。だから、」
「俺に逆らったらどうなるかいちばん分かってんのはお前じゃねえの?」
耳元で囁いた。冷たい声で。怒っているのは明らかだった。
「っ、………………」
「帰んぞ」
やっぱり私は勝てない。兄のこの圧には勝てない。私は弱いから。要領が悪いから。
「うん……………」
荷物を取りに自分の席に戻る。
2人の方を見ると、ニヤニヤしている。何か勘違いしているみたい。
「今日も遊べない。ごめんね」
「いいよいいよ。また遊ぼーね」
「またあした!」
「うん。ばいばい」
雅哉の方へ駆け寄ると手首をガシッと強く掴まれる。私は引っ張られながら歩くことしかできない。
「雅哉いたい…………」
雅哉の顔は見えないけど、黒い何かが彼を覆ってるのだけはよく分かる。