第18章 死がふたりを分かつとも
chapter3. 京吾の死 ────
八神の会長である京吾が病で倒れた。
手術の困難な箇所に血栓が出来、人工臓器も考えられたが京吾はそれを断った。
余命いくばくもないとのことだった。
「当初の予定よりは早いがいい頃合いだろう。 静に私の仕事を教える時間があれば充分だ」
彼は言った。
それでもまだ右腕が思うように動かせない静。
それと透子は何とか三人で業務上のコンタクトを取り合っていた。
春も終わりの暖かい日だった。
京吾が危篤と聞き、大勢が入院先に駆けつけたが、透子とエマだけが京吾の希望から病室に入るのを許された。
『わたしは静一人を生かした。 この世界で、兄弟間の軋轢など見たくはなかった。 静が、あの優しい子が身を引くのは分かっていたから』
目に涙を溜めて透子は頷いた。
今は厳しい地位にあるとはいえ、静は肉親を蹴落としてまで────少なくとも彼は自分の欲のためにそんなことはしない人間だ。
大きな個室には見事な夕焼けが広がっていた。
京吾は始終そちら側に顔を向け、その姿を眩しく茜色に染めていた。
『透子、いつかの小鳥を覚えているか………? あのようにわたしは他の兄弟を消したも同然だ。 エマの子にはそれ程の能力は無いと知って嬉しかった。 普通に、健やかに育てばいい』
東から紫のとばりが降りてきていて、段々と京吾の声が小さくなっていくような気がした。
彼が顔の位置をゆっくりと変え、彼の手を握ってすすり泣いているエマに穏やかな視線を向けた。
『わたしの周りにはいつもいつも争いが絶えないのだ。 だが、ああ。 二人ともそんなに泣くな。 今は悪い気分ではない。 やっと、終わるのなら………』
心電図を示す線が長く伸び、彼は静かに旅立った。
透子とエマの前で逝った、京吾の最期の言葉だった。
病室の外で静はそれを聞いていた。
葬儀が済んでも彼はそれについて何も言わなかったし、透子も口に出さなかった。
ただ透子が京吾の死に涙が枯れるほど泣いて憔悴したので、静がそんな透子を気遣った。