第14章 愛すべき者たち
見たところ、ただのAT車だし。 とは思うものの、あっと忘れかけていた存在に気付いた。
田沼達の背後で所在なさげに立っている彼だ。
「すみません。 小分坂さんは解雇しないで下さい。 あの人、純粋に巻き込まれただけです」
「フム? 小分坂か。 ああ見えて一度見た人の顔や道は忘れんという特殊な人間でな。 惜しいと思っていた所だ」
「瞬間記憶能力というやつですか」
たしかカメラアイともいう。
なるほど。 透子は申し訳なくもあの人がなぜこんな偉い人の傍についているのかをやっと理解した。
「小分坂、運転しろ」と再びドアを開けた京吾が彼を呼び、「は、はい!」ホッとしたように彼が運転席に乗り込んできた。
後ろを振り向いた小分坂が透子に向かってぎこちなく微笑み、あの時の『ダイジョウブ』の言葉を思い出す。
そこで彼は京吾のことをきちんと分かっていた人間なのだと、それも気付いた。
容赦無く残りの二人を置き去りにしたまま車が発進し、「会長おー!!」と叫ぶ情けない声が小さくなっていく。
………それにしても。
透子としてはもう一つ、引っかかっていた事があった。
私有地を抜け年末で混んだ道路に他の車に混ざり始めた頃、京吾の顔をうかがう。
「訊いていいですか。 桜木さんのことです」
「桜木? ああ、いい女だろう。 賢く体も強い。 フ…何よりもあの乳だ。 静の教育にはうってつけだった。 出来ればああいう女を選んで欲しかったのだが」
そう言った後にどこか残念そうに車窓に目を移す。
乳は関係ないのでは。
そう思うも負け惜しみのように聞こえないでもない………ので、透子はそれについては言及しなかった。
「もしかして、それで……わざと桜木さんをご自分の元から離されたのですか?」
「君には関係あるまい………何がおかしいのだね」
色々と、悪い所ばかり静に似ていると思う。
この人もつくづく損な性格だ。
だが違う点は、京吾の場合はそれを上手く利用している。