第9章 讃えられる寂しさ
「ふう。 16時か。 あと半時などでは足らんな。 いやそれよりも、まだだ。 体が…あと一日や二日は。 だがホンの先だけなら…無理だな。 ウム無理だ。 しかしなんだ、脱がせる位は……それこそ無理か。 ふう…それにしても。 こんなかわいい生き物を閉じ込めておけるのは、大いに讃えるべき生殺しというか」
挙動不審が治まった静が、なにやら危なげな独り言をボソボソと繰り返していた。
その合間合間に悩ましそうなため息をつく。
青木と透子が門の外に出、車に乗り込む彼らを見守る。
「ではまた夜に」
その際に静が薄っすらと笑いかけてくれた、男性でありながらも艶のある佇まいにドキッとする。
「「いってらっしゃい」ませ」
静かな排気音とともに、遠ざかる地面に小さな木枯らしが吹いた。
ピュウと冷たい秋風に舞う、褪せた落ち葉さえも楽しげに、踊るように空を遊ぶ。
今朝ベッドの中で自分が感じた奇妙な感情。
エマという女性が訪ねて来て静が家に寄ったそのあとも。
忙しい彼を見送っている今も。
それは昔、共働きの父母の帰りを待っていた頃の気持ちに似ている。
いつ会えるかという不安ではなく、会いたいという渇望とも少し異なる。
今日も会えると約束された、彼を待つひと時の時間。
それが透子にはとても幸せな事に思え、自然と顔がほころんだ。