第8章 満天の夜に
「凄い………」
視界いっぱいの、夜景。
「都内や横浜も一望出来る」
時おり小さく揺れているのは車だろうか。
広大に敷かれた夜空の絨毯に集まった光のかたまりは星団を形作り、数え切れないほどのいくつもの大小が、それぞれに異なる明度の輝きを放つ。
洪水のように押し寄せるきらめきの波に、透子は圧倒された。
「この景色をキミにあげたかった。 ところで、その両親の形見」
「あ、はい。 子供じみてると思うんですが。 これがあるといつも見守っていてくれているような気がして…自分を律してくれるというか」
「特に悪く思うことはないが、それはキミの名前では駄目なものなのか」
「え?」
「白井という苗字を名乗っている、それも父母の証ではない?」
「………」
「俺に形見などは無いから、そう感じただけだな。 否定する気はない」
軽くこめかみに口付けを落とした静が、一瞬透子を抱いている腕に力をこめ、それから再び窓の外に目線を移した。
「こうやって見下ろすと、なんとも他愛ない………キミの小さな手の中にも収まりそうだろう」
耳元で彼が話してくる。
分厚いアクリルガラスの窓に手を伸ばした透子が、そこで手のひらを広げた。
「確かに、そうですね」
視界の中で満点の星が滲んだ。
すると静の二回りも大きな手が自分に重なり、より多くの夜景を覆う。
地元から出てきて、透子がそう思ったのはこれが初めてだった。
「それでも…とても………綺麗です」
今晩からまた新しく、人生が始まるのだと実感する。
全てのものに心から感謝した。
こんな瞬間、温かな今に、そして独りでは無いという現実に。