第1章 いち
『悪い、………ヒロが、…っ、』
昔馴染みから、数年ぶりに着信が入った。
いつの間にか切れた電話は、重力に逆らって手をすり抜けて。
一瞬して世界は色を変えた。
私はあの電話になんて答えたっけ。
折り返したくても非通知だったため、もう一度掛け直すことはできない。
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いつまで、そうしてたっけ。
足を折りたたんで座っていたため血の巡りがわるく、感覚がない。
ピンポーンと来客を知らせたチャイムがやけにうるさく感じた。
一人暮らしの私には珍しい客人に、さっきの電話はドッキリで、君がきてくれるのを期待していたのかもしれない。
鍵を開けると、やけに焦ったように私の肩をゆすったのは、君が私を託した同期だった。
「大丈夫、ちゃん?!俺もさっき聞いたばかりで!班長も陣平ちゃんも後でくるって言ってたから!」
なんて、取り乱した彼の声が耳に響く。
「…ちゃん?」
「萩原君、汗すごいね。急いできてくれたんだ?」
「そりゃそうだよ!久しぶりに、降…ゼロから電話が来たと思ったら内容がアレだからさ、心配するだろ?」
「そうだね」
「そうだねっ…て。聞いてないってことはないだろ?ゼロは1番に電話したって言ってたし」
「うん」
やけに頭がスッキリしていて。
別に涙もでなくて。
もしかして、本当はなんとも思ってなかったのかなとか。
「知ってるよ、ヒロ、なくなったんでしょ」
「え…」
「大丈夫、大丈夫。心配なのは私より降谷君でしょ、すごく泣いてたもん。とりあえず中に入って、珈琲でも淹れる」
痺れが取れた足で、キッチンへと進む。
「珈琲でいい?ねぇ、萩原君」
「…あ、うん」
唖然と玄関に立ってる萩原君に、もう一度中に入るように促す。
「それにしたってみんな律儀だよね、私なんてただの恋人未満…友達?なのにさ、」
「それは違うだろうが、」
「まぁまぁ。いいんだって、最後に会いにきてくれたし、危ない仕事でしょ、萩原君を含めてさ。覚悟はしてたし」
「…」
ペラペラと、口をついて出てきた言葉は、まるで私じゃないみたいだ。
「来てくれてありがとう、ヒロに頼まれたとは言え、たまに遊びに来てよ。こんな家でよかったら」
「それは…、来るけど」