第1章 1
「オッケーでーす、ありがとうございます。下野さん、お部屋取ってありますので、共演者の方が到着するまでそちらで待機お願いしまーす」
「はーい」
ある番組のロケで来た旅館の前でオープニングを撮り終え、ディレクターさんの言葉に両腕を天に突き上げ、大きく伸びをしながら答える。
本当はオープニングも共演者の人と一緒に撮る予定だったのだが、途中電車が停まってしまい遅れているのだ。
おれは自分の鞄をマネージャーから受け取りながらチラッと視線を走らせ1人のADさんの姿を追う。
前から何度か一緒に仕事をした事がある子で、何事にも一生懸命に取り組む明るい彼女のことをいつの間にか好きになっていたのだ。
「下野さん」
ノロノロと歩きながら彼女を見ている俺を急かすように、マネージャーが俺を呼んだ。
「あぁ、今行く」
ディレクターからの指示をメモしているらしい彼女にもう一度視線を送って、俺はマネージャーの後について歩き出した。
「下野さん、待ってる間にちょっと仮眠取ってくださいね」
マネージャーが俺の前を歩きながら言う。
「昨日もほとんど寝てないんじゃないですか?クマが目立ってますよ」
「えー、そうかなぁ?」
俺は自分の頬を軽く擦った。
確かに、昨夜はあまり眠れなかった。
温泉宿でのロケという事にテンションが上がっていたのもあるが、あの子がいることにドキドキし、眠れなくなってしまったのだ。
「どーぞ、下野さん、この部屋です。」
「おぉ、さんきゅう。」
俺はドアを開けてくれたマネージャーから鍵を受け取った。
「下野さん、寝てくださいね。まだ結構時間かかるみたいなんで、今のうちに仮眠とってください。撮影始まったら、遅れ取り戻すのに深夜までの撮影になると思うので」
「わかった、わかった」
畳み掛けるように言うマネージャーの圧に押されて、俺は部屋の中にあとずさりつつパタンとドアを閉めた。