第2章 年末の男【五条視点】
僕が新しめのボストンバッグに視線を遣ると、思い出したように傑が声を出した。
「ああ、年末は悟の屋敷で蕎麦打ちをしようと思って、道具も持ってきたんだ」
「年越し蕎麦か……ということは、年明けまで滞在するってことか」
「うん、そういうことだね」
よろしくね、と細い目を更に細めて笑う親友に苦笑した。コイツが事後報告なのはいつものことだが、対等に話せる存在はこの五条家では貴重だから、追い返したりはしない。
高専を卒業してから、お互いの気性があの頃と逆になった気がする。
僕は大人になって、ある程度落ち着いたと周りから評価されたが、傑は何に縛られることなく、人の目など気にせずに高専を飛び出した。
あちらこちらで好き勝手に人を助けては、未来の呪術師の卵を発掘して、僕に電話一本で押し付けてくる。
五条グループの中には、呪霊の被害で家族を無くした子を保護する機関もある。発起人は僕だが、最初に問題提起したのは傑だ。
高専生の時には、呪霊が見えるために村で差別されていた双子の女の子を保護したこともある。まぁ、なんだかんだで傑は面倒見が良い。
村で保護した双子の女の子……美々子と菜々子にパパ呼ばわりされた時には、さすがに傑も狼狽えていたのは笑える思い出。
その子らも将来は高専で術師として働く予定だ。
「さてと……悟、使っても良い部屋はあるかい?」
「ああ、ゆめが用意してくれてたよ」
傑と部屋から出ようと歩き出すと、扉の前に仁王立ちのゆめが立ちはだかる。
今日中に当主のサインをもらわないといけない書類がまだ終わっていないと主張された。
「私が夏油様をご案内しますので、悟様は書類整理の続きを」
「傑を案内するのは数分なのに?」
「悟様の数分が数十分になるのは火を見るよりも明らかです」
今日も容赦なく僕の言葉を一蹴される。
何ら変わらない、いつもの僕とゆめの応酬に、傑が笑いを堪えきれずに噴き出していた。
「悟は相変わらず信用されてないね」
言い合う2人を見るとこっちに帰ってきた気がするよ、と。しみじみと頷きながら、傑に笑われてしまった。
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