第1章 尻尾は振らない【五条視点】
ゆめに良いように操られているような気もしないが、いっそ手ひどく扱われても彼女相手なら許してしまうだろう。
「それから」
思い出したようにゆめが一通の葉書を差し出した。
「今年も夏油様が年末にこちらに寄ると仰っています」
久しぶりに親友の名を聞いた。
高専のやり方や呪術師の在り方について疑問を持ち、卒業後は高専に留まらず、各地で人助けをしながらフリーで呪術師をやっていると聞いた。
アイツも器用な奴で、写真を送ってくる度に違う職業に就いている。
北海道の大地の広大な畑で野菜と写ってる写真を送ってきたり、廃れかけてる山村の再興を手伝い、地方の祭り男として新聞で紹介されていたこともあった。
沖縄で近所の爺さん婆さんとアロハシャツ姿で肩を組んで笑ってる謎の写真を送ってきたりと、今年は何をやってるんだとワクワクしながら葉書をめくる。
――蕎麦屋に弟子入り
『年末に美味しい蕎麦を持って遊びに行くよ』
渋い職人のオッサンと一緒に蕎麦をすすっている親友の姿の写真に、自然と笑いが込み上げる。ブフッと吹き出したあとに、クックックッと笑うと、ゆめに怪訝な顔をされた。
「ゆめ、12月に入ったら傑がいつ来ても良いように客間を整えておいて」
「かしこまりました」
今年の冬もにぎやかになりそうだ。
外を眺めると、敷地内に生えている木々もほとんど葉が落ちてしまっている。もうすぐ厳しい冬が本格的にやってくる。
無駄に歴史の長い五条家だ。冬に向けて屋敷の修繕の確認と使用人の防寒対策についてゆめと話し合うか。
とりあえず、年末に傑と笑って会えるように、仕事は溜めないようにしなければ。今年はどんな話を土産に携えてやって来るのだろうか。
僕が再びペンを取ると、集中しているのを感じ取ったのか、ゆめが黙って部屋を出ていった。
尻尾は振らない END.