第1章 尻尾は振らない【五条視点】
「本日はミルクティーでよろしいですか?」
そう言って、机にソーサーと優しく甘い香りを漂わせる温かいミルクティーが入ったカップが静かに置かれる。その横に、ガナッシュケーキがお供として降臨した。
これでもかと香る、甘いカカオとミルクティーの匂い。苦く憂鬱な恋心を差し置いて、お腹が鳴った。昼ごはんをあまり食べなかったせいか。
「思ったより早く終わったので、ガナッシュケーキは私からの気持ちです。午前中、個人的に買ってきたものですけれど」
頭上から降ってきた一言にガバっと顔を上げる。
「いつもこうだと助かるのですが?」
優しく微かに笑むゆめに、心の奥がぎゅうっと掴まれる感じがして、耳が熱を帯びる。
いつもクールなのに、たまに可愛い笑顔を見せる時があって、それがまた長年の片思いの期待を煽ってくるのが困る。
これが諦められなくてこじらせてる要因だ。ぽわーっと幸せに浸っていると、
「悟様、休憩後にまた書類の山をお持ちしますね」
にっこりといつもの極寒スマイルを浮かべた彼女に、先程の空気が吹き飛ぶ。口元は弧を描いているのに、ゆめの目が笑っていない。
「まだあるとか冗談でしょ……?」
「悟様が毎回溜めなければすぐ終わるのですよ」
「ゆめの鬼」
「それが終わったら一緒にお茶します」
「……わかった、頑張る」
「やる気が出たようで何よりです」
1割ほど、いつもよりゆめが優しい気がする。彼女の一挙手一投足に振り回され、少し浮き立つ心を自覚しながら、嫌になるほど甘ったるく感じられるケーキを口に運んで、ミルクティーで流し込む。
翻弄されることすら嬉しいのだから、重症だ。
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