第1章 尻尾は振らない【五条視点】
近所の子供たちから人と違う見た目をバカにされて落ち込んだ時は、部屋で膝枕をしながら僕の髪を撫でてくれた。
「悟様の髪、白くて綺麗だと思いますよ」
僕の白髪も、青い目も、唯一無二の個性だと言い、彼女は笑ってくれた。
いくら親密でも主従の線引はしっかりすべきと、中々ゆめは親しげに笑わない。
そんな彼女が見せた、あふれんばかりの満開の笑顔に、子供ながら胸が高鳴った。
反抗期になってからはさすがに膝枕は恥ずかしくて断ったが、当主教育も呪術の修行もすべてが嫌になって、深夜に家出をしたことがある。
後から夜通しゆめが探し回っていたことを知った。
早朝に使用人たちに捕まり、あっけなく家へ連れ戻された。「心配かけて悪かった」と、心苦しさからゆめと視線を合わせられないまま謝罪した。
その時に涙目でぺチリと軽くビンタされ、憎らしげに両手で頬を左右に引っ張られたのも良い思い出だ。怪我が無くてよかったと、安堵のため息を吐いて彼女は目を伏せた。
ゆめが僕を普通の子供のような扱いをしてくれるのが嬉しかった。
親でさえ、僕を「特別な子」として誉めそやす。ゆめは必要以上に持ち上げたりしないし、僕が悪いことをした時は本気で怒った。
そういったことの積み重ねで、彼女への信頼は揺るぎないものになっていった。
高専に入ってからはほとんど顔を合わせることが出来なくて、夏と冬の長期休暇だけ実家に帰った。
ゆめが見合いをしたが、失敗に終わったことを知り、ホッとした。その時に「他の男に渡したくない」と、本格的に恋心を自覚した。
姉のようだと思って憧れていた気持ちが実は恋心だったとは、と自分でも衝撃的だった。
現在は常にポーカーフェイスでいるため、彼女の心の中が分からない。秘密主義な部分もあり、今も昔もミステリアスな女性だ。
「何が好きで、何が嫌いかくらいは教えて欲しいもんだね」
机に突っ伏し、ペンを転がしながら、恋の駆け引きの次の手について思案を重ねていると、カップを載せたトレーを手にゆめが戻ってくる。
カップが1つしか載っていないそれを見ただけで、僕と休憩を共有しない未来が分かってしまって傷心する。
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